ローテク特許の事例を紹介するシリーズ。
今回は越後製菓の切り餅に関する特許発明(切り餅特許)について紹介します。切り餅の側面に切込みを入れるという、極めてシンプルな発明です。こうすることで、お餅を焼いた時に中身が溢れてこず、きれいに焼けるのです。
越後製菓の「切り餅特許」の概要
越後製菓は切り餅の形状に関するアイデアについて特許を持っていました(特許第4111382号|j-platpat)。
切り餅の側面に切込みを入れるという、極めてシンプルなアイデアに基づく発明です。側面に切り込みを入れることで、お餅を焼いた時に中身が溢れてこず、きれいに焼けるという効果があります。
越後製菓の特許の内容は以下のとおりです。
特許番号 | 特許第4111382号 |
登録日 | 2008年(平成20年)4月18日) |
発明の名称 | 餅 |
特許権者 | 越後製菓株式会社 |
ステータス | 権利期間満了により消滅(2022年(令和4年)10月31日) |
越後製菓はこの特許に基づいて、「サトーの切り餅ー♪」で有名な佐藤食品工業(業界1位)を特許権侵害で訴える裁判を起こしています。
一審(東京地方裁判所)ではサトウは越後製菓の特許権を侵害していない旨の判決が出ました。しかし、控訴審(知的財産高等裁判所)では地裁判決が取り消され、サトウが越後製菓の特許権を侵害している旨の逆転判決が出されました。サトウは最高裁に上告しましたが、その上告は認められず、知財高裁での判決が確定しました。
この記事では裁判の経緯については解説せず、発明の内容について解説します。裁判の経緯を詳しく知りたい方はWikipediaなどを参照してください。
越後製菓の「切り餅特許」の発明内容
越後製菓の「切り餅特許(特許第4111382号)」の内容は特許の出願書類の一つ、「特許請求請求の範囲」という書類に記載されています。
具体的には以下のように記載されています。
【特許請求の範囲】
特許第4111382号の特許請求の範囲|j-platpat
【請求項1】
焼き網に載置して焼き上げて食する輪郭形状が方形の小片餅体である切餅の載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に、この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設け、この切り込み部又は溝部は、この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に一周連続させて角環状とした若しくは前記立直側面である側周表面の対向二側面に形成した切り込み部又は溝部として、焼き上げるに際して前記切り込み部又は溝部の上側が下側に対して持ち上がり、最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形することで膨化による外部への噴き出しを抑制するように構成したことを特徴とする餅。
このままだとわかりにくいですよね。パートごとに分解すると、以下のようになります。
(A)焼き網に載置して焼き上げて食する輪郭形状が方形の小片餅体である切餅の載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に、
(B)この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設け、
(C)この切り込み部又は溝部は、この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に一周連続させて角環状とした若しくは前記立直側面である側周表面の対向二側面に形成した切り込み部又は溝部として、
(D)焼き上げるに際して前記切り込み部又は溝部の上側が下側に対して持ち上がり、最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形することで膨化による外部への噴き出しを抑制するように構成した
(E)ことを特徴とする餅。
パートごとに説明していきます。
Aパートは、切り込みを入れる「場所」について説明している
(A)焼き網に載置して焼き上げて食する輪郭形状が方形の小片餅体である切餅の載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に、
この発明のポイントは、「餅に切り込みを入れる」という点です。
Aパートでは、「餅のどこに切り込みを入れるのか?」について説明しています。Aパートには、「切餅の載置底面又は平坦上面ではなく・・・側周表面に」と書いてあります。
下の図を見てください。
切り餅は平べったい直方体の形をしています。
その上の面や下の面ではなくて横の面に、と切り込みを入れる場所を特定しているのです。
Bパートは、切り込みの「形状」について説明している
(B)この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設け、
Bパートでは、「切り込みがどんな形になっているか?」について説明しています。
「周方向に長さを有する・・・切り込み部」なので、切り餅の横の面の長い辺と同じ方向に切り込みが走っている、と言っています。
また、「一若しくは複数の切り込み」とあるので、切り込みは1本でも2本以上でもよいということです。
Cパートも、切り込みの「形状」について説明している
(C)この切り込み部又は溝部は、この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に一周連続させて角環状とした若しくは前記立直側面である側周表面の対向二側面に形成した切り込み部又は溝部として、
Cパートは、「切り込みがどんな形になっているか?」について更に詳しく説明しています。
「周方向に一周連続させて角環状とした」なので、4つの横の面をぐるりと一周するように連続的に切り込みが切られていて、切り込み全体として四角い環(輪)状になっている、と言っています。これが1つ目のパターン。
「周方向に一周連続させて角環状とした『若しくは』」とあるので、2つ目のパターンがあるということです。2つ目のパターンは「側周表面の対向二側面に形成した」です。切り込みが4つの横の面で連続しておらず、向かい合った2つの横の面に切り込みが切られていることを意味します。「対向二側面」なので、4つの横の面の中でも隣り合う2つの面ではなく、向かい合った2つの面です。
Dパートは、切り込みを設けたことによる「効果」について説明している
(D)焼き上げるに際して前記切り込み部又は溝部の上側が下側に対して持ち上がり、最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形することで膨化による外部への噴き出しを抑制するように構成した
Dパートは、「切り込みを設けたことによって、どんな効果が生じるか?」について説明しています。
「焼き上げるに際して前記切り込み部・・・の上側が下側に対して持ち上がり」と書いてあります。
下の図を見てください。
従来の切り餅は切り込みが設けられていないので、焼き上げる途中で餅が四方八方へ不規則に膨らんで中身が噴き出してしまう(破裂してしまう)ことがありました。
でも、横の面に切り込みを入れておくことで、上下が割れて上の面が持ち上がるように膨らむので、中身がビュッと噴き出すことがなくきれいに焼ける、ということが書いてあるのです。
Eパートは発明の対象について説明している
(E)ことを特徴とする餅。
Eパートは「何についての発明か?」について説明しています。
AパートからDパートに示した特徴を持った「餅」についての発明だと言っています。
サトウとの裁判では「切り込みを入れる場所」が争点となった
佐藤食品工業(以下、「サトウ」)との裁判では、主にAパートの「切り込みを入れる場所」について争われました。
特許権を侵害しているかどうかは、越後製菓の特許の特許請求の範囲の文章と、サトウが実際に製造販売している切り餅の内容を比べることにより判断されます。もっと具体的に言うなら、サトウが製造販売している切り餅が、越後製菓の特許発明のAからEの条件を満たしているかどうかが問題となります。
この裁判で主に問題になったのは、越後製菓の特許発明の条件のうち、Aパートの条件です。このAパートについての解釈がサトウと越後製菓では違っていて、どちらの解釈が正しいかについて争われたのです。
(A)焼き網に載置して焼き上げて食する輪郭形状が方形の小片餅体である切餅の載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に、
サトウの製造販売していた切り餅は下の図に示すような形でした。
横の面だけではなく、上下の面にも切り込みが入っています。
サトウは裁判でこんな主張をしました。
越後製菓の特許では切り込みを入れる位置について、「切餅の載置底面又は平坦上面ではなく(≒切り餅の下の面や上の面ではなく)」と言っているじゃないか。
うちの切り餅は下の面や上の面にも切り込みが入っているから、越後製菓の特許発明のAの条件を満たさない(越後製菓の特許権を侵害していない)!
これに対し、越後製菓の主張は以下のようなものでした。
「切餅の載置底面又は平坦上面ではなく(≒切り餅の下の面や上の面ではなく)」は、「側周表面に(≒横の面に)」を説明するための修飾語でしょ。
だから、うちの特許では上の面や下の面に切り込みが入っているかどうかは関係ない。
サトウの切り餅は横の面に切り込みが入っているから、Aの条件を満たしている(うちの特許権を侵害している)!
一審の東京地裁ではサトウの主張が認められました。しかし、二審の知財高裁では越後製菓の主張が認められ、そのまま判決が確定しました。逆転で、越後製菓が勝利したということです。
越後製菓の「切り餅特許」からの学び
この例を見ると、特許を取るときには「特許請求の範囲」の書き方が極めて重要であることがわかります。
人は自分にとって都合がいいように文章を読むものです。立場が変われば、同じ文章も違う解釈がされるおそれがある。だから、誰が読んでも、一通りの解釈しかできない文章で、「特許請求の範囲」を書いておくことが理想的です(弁理士でも、なかなか難しいですが)。
今回のケースでも、例えば、「少なくとも横の面に」といった書き方であれば、切り込みをいれるのは「横の面」であることが必須で、「上の面・下の面」は任意だということが伝わったかもしれません。
特許を取ろうとするときには、
- 信頼できる弁理士に出願書類の作成を依頼すること
- 発明の内容や取りたい特許のイメージを具体的に説明すること
- 弁理士が作った文章がわかりにくいときは、そこで曖昧なままにせず納得できるまで説明してもらうこと
などが大事です。
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