知財エンタメドラマ「それってパクリじゃないですか?」(第3話「侵害予防調査」)のネタバレ解説です。
今回解説したい「知的財産用語」は「侵害予防調査」、「特許情報プラットフォーム」、「および」。「ビジネスに活かしたいポイント」は「三現主義」と「言葉で説明することの重要性」です。
この記事は現役弁理士・ローテク弁理士®がドラマの中に出てきた「知的財産用語」、ドラマから学ぶ「ビジネスに活かしたいポイント」について解説するものです。
ドラマ自体の解説ではありませんが、ネタバレ要素を含みます。また、ドラマ版からの解説ですので、原作とは異なる部分があるかもしれません。あくまで個人の見解ですので、あしからずご了承ください。
前回までの解説記事はこのブログのカテゴリーページにまとめてあります。まだ読んでいない方はこちらもお読みください。
弁理士ドラマ「それってパクリじゃないですか?」– category –
「それってパクリじゃないですか?」第3話あらすじ
月夜野ドリンクの社運をかけた一大プロジェクト「ムーンナイトプロジェクト」の目玉商品「カメレオンティー」が社内でお披露目される。空気に触れると色と味が変わる、画期的な技術を使った紅茶飲料だ。亜季(演:芳根京子)は北脇弁理士(演:重岡大毅)から、この技術の「侵害予防調査」を任される。
「カメレオンティー」とは別に開発が進められていたのが、「オレンジリーフカフェ」との共同事業で販売予定のスムージー。糖類を使わず、いかに野菜の甘みを引き出すかが課題だ。「カメレオンティー」の開発から外されてしまった柚木(演:朝倉あき)はこのスムージーの開発に力を注ぐ。
そして遂に、柚木は低温スチームで野菜を下処理することで野菜の甘みを引き出すことに成功する。ところが、亜季がこの技術は既に他の会社によって特許を取られていることを発見してしまって…。
「それってパクリじゃないですか?」第3話に出てきた知的財産用語の解説
第3話に出てきた知的財産用語をいくつか解説します。
今回、解説する用語は、
- 侵害予防調査
- 特許情報プラットフォーム(J-PlatPat)
- および
です。
侵害予防調査
「侵害予防調査」とは、自分たちの製品が他の会社の特許権を侵害していないかどうか調べること。
「侵害予防調査」は「特許調査」のうちの一つ。一口に「特許調査」といっても、色々な調査がある。どれも、今までにされた特許出願(特許になっていないものも含む)や、既に審査で認められた特許の情報を調べるものだけれども、目的が少しずつ違う。
例えば、
- 技術動向調査(他の会社の開発動向や技術のトレンドを特許情報から読み取って、自分の会社がどういう技術や製品を開発していくか、事業の方向性を見極めるための調査)
- 先行技術調査(自分の技術を特許にしたい時に、似たような技術や、特許を取る際にじゃまになる技術がないか調べる調査。)
- 侵害予防調査
- 無効資料調査(自分たちが事業を行う上でじゃまになる他の会社の特許があった時に、その特許をつぶすための証拠となるような資料がないかを調べる調査)
など。
今回出てきた「侵害予防調査」は自分たちが製造販売しようとしている製品が他の会社の特許権を侵害していないかどうかを調べる調査だ。
「侵害予防調査」は特許調査の中でも特に責任が重い調査と言われる。調査に漏れがあって問題となる他社特許を見落としてしまうと、「カメレオンティー」を製造販売することができなくなり、社運をかけた「ムーンナイトプロジェクト」は破綻する。開発部や営業部の努力も水の泡。他社の特許権を侵害してしまったら、「月夜野ドリンク」は社会的にも非難されるだろうし、顧客も離れていく。ついでに、調べた側の僕らも信用を失う(苦笑)
「特許調査」はよく「魚とり」に例えられる。目の細かい網を使えば魚(問題となる特許)は逃さないだろうけど、ゴミ(ノイズ、不要な情報)もたくさん引っかかる。目の粗い網を使えばゴミは引っかかりにくくなるけど、魚も網目をすり抜けてしまう。労力をかけず、漏れのない特許調査をするのは難しいということ。いたずらに精密さを追求すると、労力も金もかかる。だから、自分たちの目的にあった網を使い、時々で調査の深さを変えた方がいい。
「侵害予防調査」は大変だよ。胃が痛くなる。以前、医薬品の侵害予防調査を請け負ったことがあるけど、まぁー、大変だった!社内弁理士や知財部の人は避けて通れないけど、僕のような社外の弁理士はできればやりたくない仕事だよ(笑)
特許情報プラットフォーム(J-PlatPat)
「特許情報プラットフォーム(J-PlatPat)」は、知的財産(特許、実用新案、意匠及び商標など)の出願や権利の情報を検索することができるデータベースサービス。
特許庁の関連組織である「工業所有権情報・研修館」が運営している。インターネットでどこからでもアクセスでき、誰でも無料で使える。特許調査のツールとしては有料で、高機能のデータベースもある。でも、知財初心者が初めて使うなら、まずは「J-Platpat」から。
ドラマの中で言葉としては出てこなかったけれども、この画面はチラチラ映っていた。僕ら弁理士にとってはおなじみの画面。僕にとっては、いなかったら困る仕事の相棒、仕事に必要不可欠な右腕。
亜季は「簡易検索」で調べていたね。でも、僕は「簡易検索」ではなく、「特許・実用新案番号照会」や「特許・実用新案検索」を使うことが多い(青いメニューバーの一番左「特許・実用新案」をクリックすると見られる)。特許の出願番号や特許番号がわかっていれば「特許・実用新案番号照会/OPD」を、技術や発明の内容から検索するときは「特許・実用新案検索」だ。
それと、亜季はテキスト(言葉)で検索していたね。Google検索のように文字を打ち込んで。でも、用語の使い方は特許の書類を書く人によって様々。例えば、「スムージー」、「飲料」、「ドリンク」とかね。「色が変わる」、「空気に触れる」みたいにテキストで調べると、違う言い回しをしたものは調査から漏れてしまう。かと言って、全ての言い回しを調べていたら、いくら時間があっても足りない!
だから、特許調査のプロ(弁理士とは限らない。調査専門の人もいる)は「技術分類」というコードを使って調べることが多い。技術分類には何種類かある。そのうちのひとつが「国際分類(IPC)」だ。
- A 生活必需品
- B 処理操作;運輸
- C 化学;冶金
- D 繊維;紙
- E 固定構造物
- F 機械工学;照明;加熱;武器;爆破
- G 物理学
- H 電気
先程の青いメニューバー「特許・実用新案」の中に、「特許・実用新案分類照会」という項目がある。それをクリックすると、こんな表が出てくる。これが、「国際分類(IPC)」を示した表だ。
生活必需品は「A」、化学は「C」、電気は「H」というように技術分野ごとにコードが付けられて分類されている。左の「+」のボタンを押すと、もっと細かい分類が出てくる。例えば、非アルコール飲料で、果実または野菜ジュースを含有するものには、「A23L2/00」のように。特許調査のプロはこれらのコードをいくつか組み合わせて検索式を立て、できるだけ少ない労力で緻密な調査ができるよう工夫しているんです。
特許情報プラットフォーム(J-PlatPat)。興味が出てきた人は触ってみてください。下のボタンをクリックすると、「J-PlatPat」にジャンプします。
および
「および」。AもBもどちらも、という意味を示す接続詞。特許の書類(特に「特許請求の範囲」という書類)によく出てくる言葉。発明を形作っている要素を挙げる時に使う。
「特許請求の範囲」は特許を受けたい発明の内容を記載した書類。特許を申請する際に必ず提出しなければならない書類の一つ。発明の内容ごとに、「請求項」というパラグラフに分けて記載する。「クレーム」とも言われる(「文句」ではなく、「主張」のこと)。
「特許請求の範囲」は特許のエントリーシート・審査書類であり、審査でOKが出ればこの書類の内容がそのまま特許権の権利書となる。言葉としては出てこなかったけれども、第3話で問題となったのは他社特許の「特許請求の範囲」に記載された「および」だ。
「および」。亜季が連呼していましたね。いやー。まさか、「および」が主役になる日が来るなんて。感慨深い。いつもお世話になってますから(笑)
問題になった、「および」はこれです。
亜季の理屈では、A「低温スチームによる保存をした野菜」、B「低温スチームによる保存をした野菜」、C「乳成分」は一つのセットだから、C「乳成分」をD「ライスミルク」に変更すれば、他社の特許権を侵害しないで済む、柚木の技術でポイントだった、低温スチーム処理はそのままやってもいいんだ、ということでした。
理屈としてはその通り。「A、BおよびC」という表現は、AとBとCの3つが必ず入ってないといけない。だから、AとBとDの組み合わせなら、Cが入っていないので特許権を侵害しません。
ただね。一つ気になったのは、Cの「乳成分」という表現。「牛乳」とか「動物性のミルク」とは言っていない。そうすると、この「乳成分」の定義が問題になるんだな。食品表示法で「乳成分」がどう定義されているか、とかではなくて、この特許の書類の中でどう定義しているかです。
で、ドラマをコマ送りして視てみると、この特許請求の範囲にはこんなことが書いてありました。
請求項1から6までは発明の対象が「スムージー飲料」、請求項7以降は「スムージー飲料を製造する方法」なのだけど、それは置いておいて…。「豆乳」が入っていますよね。この発明者・出願人は「乳成分」という概念の中には「豆乳」も入っていると考えているわけです。
「ライスミルク」は「豆乳」と同じ、植物成分を使ったミルク状のものじゃないんですか?そうすると、「乳成分」という概念に、「ライスミルク」が含まれないのかどうかが怪しくなってくるんです。
こんな風に、弁理士ってのは言葉の細部にこだわって、特許の書類の書き方を日々研究しています。
例えば、
- A,BおよびC → AとBとCの全部
- Aおよび/またはB → AとBを両方、AかBのどちら。いずれでもOK
- A,BおよびCを含む → AとBとCを含んでいれば、DやEを含んでいてもよい
- A,BおよびCからなる → AとBとCだけを含んでいる。DやEは含んでいたらダメ
- A,BおよびCからなる群より選ばれた少なくとも一つ → A,B,Cを単独で含んでいてもよいし、A,B,Cを自由に組み合わせた2成分でもよいし、A,B,C全部を含んでいても良い
とかね。
特に5番目のタイプには「マーカッシュ形式」という名前までついています。弁理士はこんなことばかりやっています。そりゃぁ、北脇くんみたいに屁理屈のひとつも言いたくなるさ(笑)
まだまだ言いたいことは山ほどあるんですが、キリがないのでこの辺にしておきます。
「それってパクリじゃないですか?」第3話から学ぶビジネスに活かしたいポイント
第3話から、ビジネスに活かしたいポイントをいくつか拾ってみました。
「月夜野ドリンク」と同じ製造業、ものづくりに関わっている人にとって知的財産は切っても切れない関係にあります。ぜひ、自分のビジネスのヒントとして、このドラマを活かして欲しいです。
今回、紹介するポイントは、
- 三現主義
- 言葉で説明することの重要性
です。
三現主義
「三現主義」は「現場」、「現物」、「現実」を重視しろという考え方。机上の空論だけでわかった気になるなということ。
ドラマの中で、柚木が開発に行き詰まった時に、亜季が「(スムージーの原料を作っている)有機農園にドライブに行きましょう!」と誘っていました。あれは良かったですね。書類やデータだけに振り回されず、現場、現物、現実を見に行くって意味で。そのおかげで、「ライスミルク」という打開策を見出しました。
研究室でスムージーの試作をしていた時に、糖度計の数値ばかりを気にして、試飲しようとしない亜季に柚木がブチ切れていましたよね。多分、柚木は亜季の感性や感覚を頼りにしていたんですよ。率直な感想を言って欲しかったんだろうね。
僕らも発明の内容が審査官にうまく伝わらなくて、イライラすることはあります。「何で明らかに違う発明なのにわからないんだ!」ってね。でも、それは文章や数字では違いが伝わらないから。自分の文章がまずいから。そういう時は発明品の現物を持って、審査官に会いに行ったりしますよ(審査官面談)。
「現場」、「現物」、「現実」を無視して、机の上だけでやってたらうまくいかない。これはどんなビジネスでも同じですよね。
言葉で説明することの重要性
個人的にツボにハマったのは、北脇がボールペンを出して、「これを説明してください」というシーン。
亜季が「細長くて持ちやすい」、「文字を書ける」と言うと、今度は鉛筆を出してきて、「この2つは同じものか?」と問いかける。更に、「万年筆」、「赤ボールペン」、「三色ボールペン」と。
このシーンは弁理士の仕事をよく表していますね。僕らは現物を見ているから発明を理解できる。でも、文章だけを読んだ人には伝わらない。それを伝わるように書くのが弁理士の仕事なんです。
「持ちやすい」と言ったって、太さがちょうどいい、滑り止め(ゴムのグリップ的な?)がついている、持つところがくびれている…。色々な「持ちやすい」があるんですよ。これを言葉にして説明するってことです。
昔、後輩くんが「AとBが金属製のCで接続されている」みたいな文章を書いてきてダメ出しをしたことがあります。確かに試作品のCは金属でできていました。でも、技術内容を考えれば、Cは電気が通る素材ならOK。言い換えると、Cは導電性プラスチックやグラファイトみたいに金属じゃない材料でもいい。それなら、「金属」じゃなくて、「導電性材料」みたいな書き方をしないとダメだろうと。
僕ら弁理士が言葉のチョイスを間違えてしまうと、特許権は狭い権利になってしまう。大発明がちっぽけな発明になってしまうかもしれない。そう考えると、結構、責任が重い仕事です。
知財以外の仕事でも、そういうことはあるでしょう。自分の知識を土台にして文章を書けば、違う常識を持った人には伝わらない。特に今みたいな多様化の時代には。だから、精選した言葉を使って説明する必要があるんです。
「それってパクリじゃないですか?」第3話の感想
だんだんと話が専門的になってきましたね。「侵害予防調査」なんて、初めて聞く人が多かったと思います。僕は面白く視ているけど、皆さんはついてこれていますか?(笑)
新商品がリリースされると、華々しい商品発表会やCMをやってますが、その裏側では作り手たちがこんな地道な努力を積み重ねているということです。それが少しでも伝わって、知財に興味を持ってくれる人が増えたら嬉しいです。
では、今日はこの辺で。
知的財産に関するお問い合わせ、ものづくりに関するご相談は、「クロスリンク特許事務所」まで。