知財エンタメドラマ「それってパクリじゃないですか?」(第6話「ヤバイで特許出願」)のネタバレ解説です。
今回解説する「知的財産用語」は「発明の新規性」、「営業秘密」、「官能評価」。「ビジネスに活かしたいポイント」は「共同研究・共同開発の難しさ」と「特許取得が最善策とは限らない」です。
この記事は現役弁理士・ローテク弁理士®がドラマの中に出てきた「知的財産用語」、ドラマから学んだ「ビジネスに活かしたいポイント」について解説するものです。
ドラマ自体の解説ではありませんが、ネタバレ要素を含みます。また、ドラマ版からの解説ですので、原作とは異なる部分があるかもしれません。また、あくまで個人の見解ですので、その点はあしからずご了承ください。
前回までの解説記事はこのブログのカテゴリーページにまとめてあります。まだ読んでいない方はこちらも読んでみてください。
弁理士ドラマ「それってパクリじゃないですか?」– category –
「それってパクリじゃないですか?」第6話あらすじ
月夜野ドリンクは松果大学との共同研究で、新商品「ジュワフルスパークリング」の開発を行っていた。月夜野の人気商品である「ジュワっとフルーツ」を炭酸飲料に改良したものだ。この「ジュワフルスパークリング」は、従来の炭酸飲料の課題であった「えぐ味」や「苦味」がない、「ヤバい口当たり」の炭酸飲料になっている。
松果大学の大学院生・若菜(演:北野日奈子)はこの共同研究の成果を学会で発表したいと亜季(演:芳根京子)に申し出る。しかし、若菜に学会発表されてしまうと、この発明は新規性を失い、月夜野は特許を取れなくなるおそれがある。
亜季は北脇(演:重岡大毅)とともに、若菜に学会発表を遅らせるよう説得を試みる。しかし、このことが元で、若菜ら研究室の学生たちと険悪なムードになってしまう。若菜は助教として研究室に残るために、是が非でも次の学会でこの研究成果を発表したいと望んでいたのだ。
学会発表の要旨を提出する期限は2週間後。この発明の新規性を失わないためには、それまでに月夜野がこの発明を特許出願する必要がある。しかし、この発明は特許を出願するには数値データによる裏付けがまだまだ不十分だった。従来品と口当たりは違うことは明らかなのだが、それを客観的な数値データで説明できるまでには至っていなかったのだ。
残り時間が少ない中、北脇はパネラー(味覚評価の専門家)を使った「官能評価」によりこの発明を数値データ化し、特許出願することを提案する。若菜のため、月夜野の社員と松果大学の学生たちは官能評価の膨大なデータをまとめることに奔走する。
亜季たちは要旨提出の期限までに、「ヤバい」をデータ化し、この発明を特許出願することができるのだろうか。
「それってパクリじゃないですか?」第6話に出てきた知的財産用語の解説
第6話に出てきた知的財産用語をいくつか解説します。
今回、解説する用語は、
- 発明の新規性
- 営業秘密
- 官能評価
です。
発明の新規性
「発明の新規性」とは、その発明の客観的な新しさのこと。「客観的な」とは発明者が「主観的に」その発明を新しいと思っているだけでは不十分であることを意味している。
発明の新規性は特許を取得するための重要な条件の一つで、新規性がない発明を特許出願しても審査で拒絶され、特許権を取ることができない。
発明に新規性があると評価されるためには、世の中で既に知られている発明とは別の発明であることが必要だ。
具体的には、特許出願より前に、日本国内や外国で、
- 内容が知られている発明
- 内容が知られうる状態で実施されている発明
- 刊行物やインターネットで公開されていて、内容が知られうる状態になっている発明
ではないことが求められる。
面倒なのは、発明者自らが行う行為によっても、その発明は新規性を失ってしまうということだ。
発明者の一人である若菜が「ジュワフルスパークリング」に関する発明を学会で発表したとしても、学会の参加者はその発明内容を知ることができる。そうすると、この発明は新規性を失い、特許を取ることが難しくなってしまうのだ。
実際、うちの事務所にも、「展示会で好評だったので、特許を出願したいんですが…」といった相談が何度かあった。しかし、その発明は既に新規性を失っているということだ。展示会の後にあわてて特許を出願しても、普通のやり方では審査で拒絶されてしまう。
いくつかの条件を満たせば、「新規性喪失の例外」という特殊な手続きを行うことで特許を取得することができる可能性はある。ただし、この手続きはあくまで例外的な手続きだ。法律上の条件を満たさなければ適用を受けることはできない。
それに、誰かがその展示会からヒントを得て、元の発明の改良発明を特許出願してしまう可能性だってある。そうなれば、今度はその他人の出願の後願(後出し)という理由で特許を取れなくなる。
学会発表や展示会での公開、顧客への商品サンプルの提供など、社外の人に発明内容を公開する前に特許出願を済ませておくことが大事だ。
営業秘密
「営業秘密」とは、企業が秘密に管理している有益な情報のこと。知的財産の一種で、主に不正競争防止法によって守られている。
不正競争防止法には、
「営業秘密」とは、秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないものをいう。
不正競争防止法第2条第6項|e-GOV 法施例検索
と規定されている。ここに書かれているように、「営業秘密」には生産方法(≒製品の製造方法)のような技術的な情報だけでなく、顧客名簿や販売マニュアルのような営業上の情報も含まれる。
「営業秘密」と認められるためには、
- 秘密として管理されていること
- 技術上の情報、営業上の情報であって、しかも有用なものであること
- 公に知られていないこと
が必要で、これを満たすのは意外に難しい。
ドラマでは、弁理士の北脇が、月夜野の社運をかけた「ムーンナイトプロジェクト」の目玉商品「カメレオンティー」を特許出願せず、営業秘密として守るという戦略をとっていた(「権利化」に対して「秘匿化」と言われている)。
しかし、営業秘密は一度漏れてしまえば、その優位性は一瞬にして消えてなくなる。ノウハウを秘密にするのはとてもリスクが大きい戦略だということを忘れてはならない。
「これはここだけの秘密だよ」と念を押したところで、次の日には周りの全員が知っていたりする(苦笑)。秘密にするのは特許を出すよりずっと難しいのだ。実際、この北脇の戦略が大変な事件を引き起こすことになる。それはまた後日の解説で。
官能評価
「官能評価」とは、人間の五感(視覚・嗅覚・聴覚・味覚・触覚)を使って、発明の効果を評価すること。
発明の効果は分析装置や計測機器を使って評価することが多い。その方が数値によって、発明を客観的に評価することができるからだ。しかし、匂いや味、手触りなどの感覚はデリケートで、機械的な分析値だけでは差が出ず、評価しにくい場合も多い。そのような場合に、人間の感覚をよりどころにした「官能評価」を行うことがある。
ただし、人間の感覚は人それぞれ。どうしても評価者の主観が入り込んでくる。そのため、官能評価では予めトレーニングを受けた、あるいは選抜された官能評価の専門家(パネラー)を多数名により評価を行う。
以前、ビールに軽やかな風味を付与するという発明について、特許庁は特許を認める判断をしたものの、裁判所はそれに対する不服申立てを認め、結局、特許が無効になった事案がある。特許の申請書類で、「軽やかな風味」がどういう風味なのかをデータで十分に説明しきれていないと判断されたからだ。このように、人間の五感を客観的に説明することはとても難しいのだ。
ドラマでは、官能評価のデータを見た北脇が「これなら十分」と太鼓判を押していたから、「ジュワフルスパークリング」「ヤバい口当たり」を数値データで客観的に示すことができたということだろう。
「それってパクリじゃないですか?」第6話から学ぶビジネスに活かしたいポイント
第6話から、ビジネスに活かしたいポイントをいくつか拾ってみました。
「月夜野ドリンク」と同じ製造業、ものづくりに関わっている人にとって知的財産は切っても切れない関係にあります。ぜひ、自分のビジネスのヒントとして、このドラマを活かして欲しいです。
今回、紹介するポイントは、
- 共同研究・共同開発の難しさ
- 特許取得が最善策とは限らない
です。
共同研究・共同開発の難しさ
ドラマの中で、飲料メーカーの月夜野ドリンクと松果大学研究室との共同研究・共同開発の様子が描かれた。
互いの得意な部分を活かし、協力しながら一つの製品なり技術なりを開発する。良い事ずくめのようだが、実際はそんなに美しいものではない。研究対象は同じでも、研究目的が違うからだ。
学術の進歩発展を目的としている大学は研究成果を学会で発表して、多くの人にその素晴らしい技術を知って欲しい、使ってもらいたいと考えている。一方、利益追求・ビジネスを目的とする企業は特許を取り、その技術を独占し、市場での優位性を獲得したい、自社の利益を増やしたいという目的がある。そのために、研究費用を全額出資しているのだ。
この辺の折り合いがついていないと、このドラマのように揉める。共同研究の契約書にろくに目も通さず、サインをしてしまうと、こんなはずじゃなかったということになりかねない。お互いの目的が違っても、一緒にやって自分にメリットがあるかどうかは十分に検討した方がいい。
以前勤務していた特許事務所で、大企業2社の共同出願を担当したことがあった。この案件が揉めた(苦笑)
ある製品についての特許出願だったが、両社の目的(思惑)が違っていて特許取得を目指す発明の内容にズレがあったのだ。僕のところには両社から全く方向性の異なる指示が飛んでくる。まるで収集がつかない。そういう調整は本来、両者間で行うべきものだ。弁理士や特許事務所に丸投げすべきものではない。
両社の思惑が完全に一致することはない。仕事を始めるまでに十分なすり合わせを行い、どこまで妥協できるのかのラインは決めておいた方がいい。
特許取得が最善策とは限らない
第6話では、北脇が月夜野の目玉商品「カメレオンティー」について特許を出願しなかった理由を語っている。
主な理由はこの2つ。
- 特許出願の内容は公開されてしまうこと
- 特許は20年で切れてしまうこと
特許出願の内容は公開される
特許を出願すると、その技術内容は1年半後に公開される(公開特許公報。仮にその後、特許にならなかった場合でも、特許を出願すれば一律にその内容が一般に公開されることになっている)。また、特許になったときも同様に、その技術内容が一般に公開される(特許掲載公報)。どちらの公報も、誰でも閲覧することができる。
特許を出願することと、その技術内容が公開されることはセットということだ。この技術内容の公開は特許のデメリットと言われている。
技術内容が公開されれば、特許技術とは違うやり方で同じ効果を得る方法はないか研究する人も出てくる。特許迂回技術(バイパス技術)をつくられるネタを自ら提供していることになってしまう。これをやられると、その技術の特許を取って独占する意義が失われる。
「カメレオンティー」の技術(空気に触れると色と味が変わる)は素晴らしい技術であり、他の誰も思いつかず真似することはできないはず、だから技術内容の公開と引き換えに特許を取るのではなく秘密にしておきたい。これが北脇の戦略だ。
特許は20年で切れる
仮に特許権を取得することができても、その権利の有効期間は原則20年。これも特許の弱点の一つだ。
特許が切れた後は、その技術は「自由技術」となって、誰でも自由に使うことができるようになる。どれだけ有用な技術を開発しても特許の権利期間を超えて、その技術を独占し続けることはできない。
例えば、「ジェネリック医薬品」を考えてみて欲しい。あれは他社が開発した医薬品を特許が切れた後に製造販売しているものだ。仮に20年経っても、その医薬品の有用性が急になくなるわけではない。「アスピリン(アセチルサリチル酸)」は元々はバイエル社の特許製品だったが、特許が切れた今でも盛んに使われている。
ジェネリック医薬品のメーカーは莫大な開発費を使わずに、特許に触れることもなく、他社が開発した有用な医薬品を製造販売しているということだ。ジェネリック医薬品が安い理由はここにある。
ドラマでは、ケンタッキーがフライドチキンのレシピを特許出願していないことで秘密が保たれ、今でも他社に対する優位性を保っていることを北脇が示していた。巷ではコカ・コーラのレシピについても同じようなことが言われている。
「カメレオンティー」の技術をケンタッキーのフライドチキンやコカ・コーラのレシピのように秘中の秘とし、特許期間の20年を超えて他社に対する優位性を確保したい。これが北脇の狙いだ。
特許を取るか否かはその会社の事業戦略
「特許を取ればバラ色」ではないことはわかってもらえたと思う。
ただ、特許を取らないことによるデメリットやリスクも当然ある。秘密情報が一旦漏れてしまえば、全てはパー。他社は技術を真似し放題、特許で守ることもできない。逆に他社に特許を取られてしまう可能性だってある。秘匿化はそれだけリスキーな戦略だということ。
特許のメリットとデメリットを比較して、自分の会社にとってはどちらが有益なのかをよく考えることが大事だ。特許を取るか否かはその会社の事業戦略なんだから。
「それってパクリじゃないですか?」第6話の感想
第6話の中で印象に残ったのは、共同研究の難しさです。知財業界的には「あるある」なので。
2人の人間の思惑が完全に一致することなんてないんですよ。最初は仲良くやっていても、お金がチラチラし始めると、途端に揉めだす。利益配分とかでね。
だから、揉めたときのことを頭に入れて契約書を作った方がいい。仲が良い時の感覚で作ると失敗します。
それでは契約を結んでもらえない?
そういう相手と組むことが本当に自分たちのメリットになるのかどうかは良く考えた方がいいですよ。
では、今日はこの辺で。
知的財産に関するお問い合わせ、ものづくりに関するご相談は、「クロスリンク特許事務所」まで。