知財エンタメドラマ「それってパクリじゃないですか?」(第5話「調整の樹海」)のネタバレ解説です。
今回解説したい「知的財産用語」は「クロスライセンス」、「拒絶理由通知」、「分割出願」。「ビジネスに活かしたいポイント」は「大手のやり方、中小・個人のやり方」と「コミュニケーションで突破口を開く」です。
この記事は現役弁理士・ローテク弁理士®がドラマの中に出てきた「知的財産用語」、ドラマから学ぶ「ビジネスに活かしたいポイント」について解説するものです。
ドラマ自体の解説ではありませんが、ネタバレ要素を含みます。また、ドラマ版からの解説ですので、原作とは異なる部分があるかもしれません。あくまで個人の見解ですので、あしからずご了承ください。
前回までの解説記事はこのブログのカテゴリーページにまとめてあります。まだ読んでいない方はこちらもお読みください。
弁理士ドラマ「それってパクリじゃないですか?」– category –
「それってパクリじゃないですか?」第5話あらすじ
「月夜野ドリンク」の画期的な新商品「カメレオンティー」のポスターが完成する。写真の出来栄えは素晴らしく、商品のイメージ通り。ところが、その写真は増田社長(演:赤井英和)が他人のブログから勝手に拝借したもので、完全な著作権侵害…。亜季(演:芳根京子)は著作権者との交渉を任されるが、100万円という法外な使用料を要求されてしまう。
亜季はもう一つの仕事を任される。特許出願に対する拒絶理由通知への対応だ。窪地(演:豊田裕大)が開発した、甘酒の製造方法に関する特許出願に拒絶理由が通知された。特許を取得するためにはこの拒絶理由を解消しなければならない。亜季と窪地は特許庁審査官・有田(演:小野ゆり子)との面接審査に臨むものの、学術的な裏付けが足りないことを理由に特許を認めてくれる気配はない。
学術的な裏付けをコメントしてもらうのには窪地の兄・政宗(演:板橋駿谷)が適任であることがわかる。正宗は関東薬科大で准教授を務めている、この分野の権威だ。ところが、政宗と窪地の兄弟仲はギクシャクしているようだ。亜季と窪地は正宗に協力を願い出たものの、正宗からけんもほろろに断られてしまう。
各所との「調整の樹海」に迷い込んでしまった亜季。果たして打開策はあるのだろうか。
「それってパクリじゃないですか?」第5話に出てきた知的財産用語の解説
第5話に出てきた知的財産用語をいくつか解説します。
今回、解説する用語は、
- クロスライセンス
- 拒絶理由通知
- 分割出願
です。
クロスライセンス
「クロスライセンス」とは、相手の権利を使わせてもらう代わりに、自分の権利を使わせてあげること。
権利の使用許諾(ライセンス)が交差(クロス)するので、「クロスライセンス」という。簡単に言えば、相手の権利を使わせてもらうために、お金(使用料)を払うのではなく自分の権利を使わせてあげるということ。プロ野球で言えば、お金を払って選手を買う(金銭トレード)ではなく、お互いの選手同士をトレードすることに似ている。要は物々交換だ。
ドラマで出てきたのは、著作権と特許権のクロスライセンス。写真の無断使用問題を解決するための手法として登場した。
ドラマならではのご都合主義で(笑)、写真の著作権者が月夜野ドリンクの特許権を侵害していることが見つかる(ハート型のボトルに関する特許権)。月夜野はその特許権侵害を見逃してやるから(特許技術を使わせてやるから)、あなたの写真を使わせろという交渉を仕掛けた。
著作権者は特許権侵害で訴えられたくないから、当初要求していた写真の使用料100万円を引っ込めた。これにより、月夜野はタダでこの写真を使えるようになった。
たかだか1枚の写真を使うために、特許権侵害を見逃すのか?と感じた人もいるかもしれない。でも、このハート型のボトルを使った商品は「全然売れなかった」ために「販売中止」になったものだ。月夜野としてはもう要らない特許。使わせてあげても痛くもかゆくもない。100万円を払うより、ずっとましということだ(笑)
ただ、著作権と特許権のクロスライセンスは聞いた記憶がない。よくあるのは特許権同士のクロスライセンスだ。例えば同種の製品(カメラ)について、A社とB社がお互いに有用な特許技術を持っていたとする。そうすると、「うちの技術を使っていいから、おたくの技術を使わせてよ」ということはよくある。
某C社の賀詞交歓会に出席した時に、エライさんが「他社との交渉のタマになるような特許を取ってもらいたい」みたいなことを言っていた。「特許」というと自分で使うために取るものと考えがちだけれども、たとえ自分が使わなくても他社が喜びそうな技術を押さえておいて交渉の交換材料にするという使い方もあるということ。
これはお金に余裕がある大企業ならではのやり方とも言える。
拒絶理由通知
「拒絶理由通知」とは、特許出願や商標登録の出願についての審査不通過のお知らせ。出願書類を審査した特許庁審査官がそのままの内容では特許(登録)にならないことを、その理由(拒絶理由)とともに出願人に知らせるもの。
この拒絶理由通知に対しては、決められた応答期間内に審査結果に対して反論する(「意見書」を提出する)、書類を直す(「補正書」を提出する)などの対応をする必要がある。
応答期間は拒絶理由通知の発送日から特許が60日、商標が40日。この期間内に何も応答しなかったり、書類を手直ししてもその内容では特許(登録)にならないと審査官が判断した場合には、「拒絶査定」という最後通告がされ、審査は終了する。
ドラマでは、窪地が開発した甘酒の製造方法の特許出願に拒絶理由が通知された。亜季と窪地は補正書の案を携えて審査官面接に臨んだけれども、特許を認めることは難しいというのが審査官の判断のようだ。このままだと「拒絶査定」となって、特許権を取得することが難しくなる。
「拒絶理由通知が来た」と伝えると、大抵の人はがっかりする。でも、さほど悪いものではない。いきなり首をはねられる(拒絶査定になる)ことはなくて、申し開きの機会、挽回のチャンスが与えられているということだから。特に、特許の場合は一発で特許になることの方が少ない。拒絶理由通知が来ることの方が普通。
拒絶理由通知には「特許にしない」というお知らせだけではなくて、審査官からのメッセージが含まれていることが多い。「ここを直せば特許になる」という情報が隠れていたりする。その審査官からのメッセージをきちんと読み取れるのが良い弁理士。拒絶理由通知をろくに読み込まず、「拒絶理由が来たから無理です」なんて言ってしまう弁理士には頼まない方がいい(笑)
分割出願
「分割出願」とは、一つの特許出願の中に2つ以上の発明が記載されていた場合に、その一部の発明を元の出願(親出願)から抜き出し、新たな出願(子出願、分割出願)とすること。分割の条件を満たしていれば、新たな出願は元の出願の時にしたものとみなされる。
ドラマでは、窪地の特許出願の拒絶理由を解消するための方策として登場した。
出願は1件で済むなら1件にまとめておいた方が費用は安く済むはずだ。それなのに出願を複数件に切り分けるのは何故か?
特許出願の中には複数の発明が含まれている場合があり、それらの発明を出願ごとに分けた方が都合がいい場合があるからだ。
窪地の特許出願は甘酒の製造方法に関するものだ。一つの発明のように見える。
でも、実はこの製造方法の中には、
- 発酵工程(特別な温度管理を行い、ポリフェノールを活性化する)
- 熟成工程(オリゴ糖を増加させる)
の2つの発明が含まれているようだ。
審査で「学術的な裏付けが足りない」とされたのは「熟成工程」の方。一方、「発酵工程」についてはそのような裏付けがなくても特許を認められそうだ。
そして、「熟成工程」については、専門家である正宗から協力を断られてしまい、今すぐ学術的な裏付けを得ることは難しい。だったら、「発酵工程」の発明だけでも先に特許にしてしまおう。こういう時に使えるのが分割出願だ。
図にすると、こんなイメージだ。
元の特許出願では、発酵工程に関する発明Xと、熟成工程に関する発明Yの両方について特許を求めていた。そのうち、拒絶理由がある発明Yだけを分割出願で抜き出し、元の特許出願では発明Xだけについて特許を求める形に補正する。
こうすると、元の特許出願には学術的な裏付けが必要なくなり、拒絶理由が解消する。とりあえず、発明Xについては特許を取得することができる。
発明Yについては分割出願にして改めて審査にチャレンジする。分割出願にすることで時間稼ぎをする。その間に政宗からの協力を取り付けられれば、発明Yについても特許を得ることができるかもしれない。
ドラマを視ていると、発酵工程の方を分割出願にし、分割出願の方を特許にしようとしているように見える。でも、このやり方は不合理だ。元の特許出願の方に拒絶理由がある熟成工程の発明が残ってしまうから(下図参照)。
拒絶理由通知の応答期間(通常は60日)の間に、正宗からの協力を取り付けられないと、元の特許出願は拒絶理由を解消できず、拒絶査定となってしまう。これだと熟成工程の発明について特許を取ることが難しくなる。
今回のようなケースでは簡単に拒絶理由を解消できそうな発明を元の特許出願に残し、そっちは特許にしてしまう。一方、拒絶理由を解消するのが難しそうな発明については分割出願にし、時間稼ぎをする。このやり方の方がよさそうだ。
「それってパクリじゃないですか?」第5話から学ぶビジネスに活かしたいポイント
第5話から、ビジネスに活かしたいポイントをいくつか拾ってみました。
「月夜野ドリンク」と同じ製造業、ものづくりに関わっている人にとって知的財産は切っても切れない関係にあります。ぜひ、自分のビジネスのヒントとして、このドラマを活かして欲しいです。
今回、紹介するポイントは、
- 大手のやり方、中小・個人のやり方
- コミュニケーションで突破口を開く
です。
大手のやり方、中小・個人のやり方
ドラマの中で、高梨部長(演:常盤貴子)が窪地の企画書に再三ダメ出しするシーンがあった。その理由について、高梨部長は、
(あなたの企画書は)大手のやり方だから
と言っていた。何気ないシーンだが、このセリフは示唆に富んでいる。
月夜野ドリンクは大手の飲料メーカーではない。大手と同じやり方をしていては、資本力やマンパワーで負けてしまう。だから、中小企業ならではの個性的な商品を企画しろ、ということだろう。
全くそのとおりだと思う。大企業とガチで戦ったら勝てないんだから。ターゲットとなる顧客の選定も商品の企画も大企業とは一味違うユニークなものを考えた方がいい。
月夜野ドリンクのヒット商品に「緑のお茶屋さん」という日本茶飲料がある。めっちゃ苦くて、こんなの誰が飲むの?と思うような代物だが、一度飲むとクセになるそうだ。こういうのが中小ならではの企画なんだろう(笑)
コミュニケーションで突破口を開く
第5話では、特許出願の拒絶理由通知に対し、審査官面接をするシーンが出てきた。
拒絶理由が通知されると、発明が悪いからと思いがちだが、そうでもない。コミュニケーション不足によるものも多いように感じる。例えば、出願書類での説明が舌足らずで、発明の良い部分が審査官に伝わっていないこともある。
そういうコミュニケーション不足を解消するのに、審査官面接は良い方法だと思う。面接は段取りが面倒だから、僕は審査官と電話で話してみることが多い。
例えば、
- 拒絶理由の真意を聞く
- 特許可能性の心象を探る
- 補正案を示して意見を求める
など。
出願書類も拒絶理由通知は言葉の羅列だ。自分の考えが相手に伝わっていないこともあるし、逆もまた然り。
- 審査官がどこを問題だと思っているのか
- 審査官が内容を誤解をしていないか
- 審査官は全然ダメだと思っているのか、どこかを直せば特許にしてもよいと思っているのか
この辺りを直接聞いてみるといい。
一見、つっけんどんな拒絶理由通知を送ってくる審査官でも、意外に親身になって相談に乗ってくれる人もいる。面倒がらずにコミュニケーションを取ることが大事。
これは特許に限ることではなくて、どんな仕事でもね。
「それってパクリじゃないですか?」第5話の感想
第5話では、クロスライセンスやら分割出願やら、ちょっとマニアックな専門的知識も出てきましたが、こんなやり方もあるのかという程度に思ってもらえれば。こういうのは皆さんが覚える必要はなくて、弁理士が考えることです。
それより、中小は大手のやり方を真似するだけではダメなんだなとか、問題は中身じゃなくてコミュニケーション不足の場合もあるんだなとか、そういう部分を汲み取った方がよっぽど有益です。
テクニックで頭でっかちになっても仕方ない。それより、ものづくりをする上での基本的な考え方に気づいてもらえれば。
では、今日はこの辺で。
知的財産に関するお問い合わせ、ものづくりに関するご相談は、「クロスリンク特許事務所」まで。
この記事への感想をいただきました。スエヒロさん、ありがとうございます!
ヤマダさんの解説記事のブログを楽しみに拝読しています。
拒絶理由通知に対して「審査官からのメッセージをきちんと読み取れるのが良い弁理士」と書かれていて、弁理士という仕事の本質の一部を垣間見れたような気がしました。
ドラマ「#それってパクりじゃないですか?」
— スエヒロ (@suehirogari32) June 2, 2023
ヤマダさんの解説記事のブログを楽しみに拝読しています。
拒絶理由通知に対して「審査官からのメッセージをきちんと読み取れるのが良い弁理士」と書かれていて、弁理士という仕事の本質の一部を垣間見れたような気がしました。 https://t.co/6ycBxjCAHp