知財エンタメドラマ「それってパクリじゃないですか?」(第4話「商標出願の勝者」)のネタバレ解説です。
今回解説したい「知的財産用語」は「無効審判」と「商標の区分」。「ビジネスに活かしたいポイント」は「企業人としての責任」と「SNS炎上」です。
この記事は現役弁理士・ローテク弁理士®がドラマの中に出てきた「知的財産用語」、ドラマから学ぶ「ビジネスに活かしたいポイント」について解説するものです。
ドラマ自体の解説ではありませんが、ネタバレ要素を含みます。また、ドラマ版からの解説ですので、原作とは異なる部分があるかもしれません。あくまで個人の見解ですので、あしからずご了承ください。
前回までの解説記事はこのブログのカテゴリーページにまとめてあります。まだ読んでいない方はこちらもお読みください。
弁理士ドラマ「それってパクリじゃないですか?」– category –
「それってパクリじゃないですか?」第4話あらすじ
「月夜野ドリンク」の社運をかけた一大プロジェクト「ムーンナイトプロジェクト」の運営チームが結成され、亜季(演:芳根京子)や北脇(演:重岡大毅)もメンバーに選ばれる。
このプロジェクトのイメージキャラクターに選ばれたのが「ツキヨン」。千葉県で出土した縄文時代の土器に描かれていた文様だ。顔が月の形をしているため「ツキヨン」と呼ばれている。縄文土器マニアのインフルエンサー「ドキドキ土器子」(演:北香那)の動画でも紹介され、「ツキヨン」は多くの人に親しまれている。
亜季は「ツキヨン」の商標登録を任される。又坂先生(演:ともさかりえ)のサポートもあり、商標登録の出願書類は無事完成。あとは特許庁に提出するだけとなった。ところが、皆が親しんでいる「ツキヨン」を商標登録し、独占してもよいものかどうか、亜季は悩み始めてしまう。
最初は商標登録に賛成していた土器子にも「ツキヨン」の商標登録に異を唱えられ、亜季は出願手続きに踏み切れない。悪いことに、ライバル会社の「ハッピースマイル」も「ツキヨン」の商標登録を狙っていることがわかる。亜季がこのまま出願手続きを行わなければ、「ツキヨン」の商標登録は「ハッピースマイル」の手に落ちてしまうのだが…。
「それってパクリじゃないですか?」第4話に出てきた知的財産用語の解説
第4話に出てきた知的財産用語をいくつか解説します。
今回、解説する用語は、
- 無効審判
- 商標の区分
です。
無効審判
「無効審判」とは、特許庁が一旦認めた登録を無効にすることを求めて行う、特許庁の中で行う裁判に準じた手続き。
ドラマの中で出てきたのは、商標登録を無効にすることを訴えるための審判(商標登録無効審判)。特許、実用新案登録、意匠登録を無効にすることを求める無効審判もある。訴えが認められると、商標登録は最初からなかったものとされる。このため、商標権侵害で訴えられた人がその対抗策として無効審判を請求することが多い。商標登録がなくなれば、商標権の侵害と言われる筋合いもなくなるからだ。
無効審判は準司法的手続きとも呼ばれる厳格な手続き。裁判で言えば「地方裁判所」で行う裁判と同じレベルとされる。このため、審判の結果に対して不服を申し立てる裁判は「地方裁判所」ではなく、「東京高等裁判所」に対して行うことになっている(審決取消訴訟)。
ゆみ(演:福地桃子)は自分が考えた猫のキャラクター「ふてぶてリリイ」のキャラクターグッズを販売していた。ところが、商標登録をしていなかったために、「ふてぶてリリイ」の名称?を全く無関係の「パリーク」社に商標登録されてしまう。
ドラマを視る限り、「ふてぶてリリイ」が密かなブームとなっていることを知った「パリーク」社が勝手に商標登録をしたもののようだ。この商標登録(商標権)に基づいて、「パリーク」社はゆみに対して「ふてぶてリリイ」の名称?を使うのをやめるよう警告状まで送ってきている。
「パリーク」社が「ふてぶてリリイ」を商標登録している以上、ゆみはグッズ販売をやめざるを得なくなる。せっかく育ててきたブランドをドブに捨てることになる。たとえ、「パリーク」社が悪意を持って商標登録したとしても、法律上、商標は早い者勝ちと決まっているからだ。
そこで、ゆみは「パリーク」社の商標登録を無効審判で潰し、「ふてぶてリリイ」の商標を自分のもとに取り戻す準備を進めているようだ。
ゆみのような事態に陥った場合、無効審判以外にも取るべき方法は考えられる。
例えば、
- 先使用権の主張(相手は商標権を持っているが、それでも先に使い始めた自分には使い続ける権利があると主張する)
- 交渉(相手に商標権を放棄させる、相手から商標権を譲り受ける、ライセンスを受けて使わせてもらう)
などがある。
ただ、どの方法もさほど簡単なものではない。
特に無効審判の請求や先使用権の主張を認めてもらうには条件がある。商標は早い者勝ちが原則。その原則を覆して、「パリーク」社の商標登録を無効にしたり、ゆみに先使用権を認めるだけの理由が必要だ。「自分の方が先に使っていた」という証拠だけでは不十分で、「周知性」という条件が必要なのだ。
「パリーク」社が商標登録を出願した時に、ゆみの「ふてぶてリリイ」が相当有名になっていたこと。これを証明できないと、無効審判や先使用権の主張は認めてもらえないだろう。この「周知性」のハードルはかなり高い。「ふてぶてリリイ」は女子高生の間でブームになっていたようだが、その程度で認められるかというとかなり微妙。
有名Youtuberのチャンネル名がパクリ出願された際に、登録者数が20万人以上いることを訴えても、パクリ出願がそのまま登録査定になってしまった、なんて話も聞く。有名であることを証明するのはそれだけ難しいということ。
悪いことは言わない。商売で何某かの名前を使うなら、予め商標登録をしておいた方がいい。誰かにパクられないための保険とかじゃない。自分のブランドを自分が自由に使える立場を確保しておくために、だ。
商標の区分
「商標の区分」(正式には「商品及び役務の区分」)とは、商品や役務(サービス)を分類したグループ。商品について34、サービスについて11、全部で45個のグループ(類)がある。
商標登録を出願する際には、その商標を表示したい商品やサービスを記載することになっている。そして、それらの商品やサービスは「区分」ごとに分けて記載しなければならない。
例えば、
- 【第30類】茶
- 【第32類】清涼飲料
のように「区分」ごとに分けて記載する。
これを間違えると、特許庁の審査官に怒られる。審査でNGが出て、登録を認めてもらえないので要注意(苦笑)
又坂先生は、
区分を制するものは商標を制する
と説明していた。これはまさにその通り。商標登録をするなら絶対に覚えておきたい概念。
ただ、
商標登録の出願をするにあたって決めないといけない「使用の範囲」みたいなものかな
というのは若干説明不足かもしれない(ドラマだから仕方ないのだけど)。
「使用の範囲」を決めるのは「区分」ではなく、出願書類に記載した「商品」や「役務(サービス)」だ。出願書類に記載した「商品」や「サービス」によって商標の使用範囲や商標権侵害の範囲が決まる。
そして、商標権侵害になるのは、出願書類に記載した「商品」や「サービス」と似た「商品」や「サービス」に登録された商標を使った場合。でも、同じ「区分」の中に似ていない商品が入っていたり、違う区分の中に似た商品が入っていることもある。「区分」は似ている商品やサービスを集めたグループではないということだ。
例えば、「茶」と「コーヒー」。
- 【第30類】茶(類似群コード:29A01)
- 【第30類】コーヒー(類似群コード:29B01)
この2つの商品。一般的な感覚では似た商品のように思えるし、区分も同じ。
でも、違う「類似群コード」が付けられている。この「類似群」こそが似た商品・サービス同士をまとめたグループだ。だから、類似群コードが違う「茶」と「コーヒー」は商標の世界ではお互いに似ていない商品として扱われている。
逆に、「カレー・シチュー又はスープのもと」と「パスタソース」
- 【第29類】カレー・シチュー又はスープのもと(類似群コード:32F10)
- 【第30類】パスタソース(類似群コード:32F10)
この2つの商品は用途が似ていて、似たような商品に思えるし、実際、同じ「類似群コード」が付けられている。一般的な感覚でも、商標の世界でもこの2つの商品は似ているということだ。でも、違う「区分」に分類されている。
「区分」と「類似群」。「商品」と「サービス」を分類するグループが2つあるから、一般の人は混乱してしまう。一筋縄ではいかない。わからなくて当たり前。だから、弁理士に頼んだ方がいいということ。
「区分」は似ている商品を集めたグループではなくて、特許庁の手数料を決めるグループとおぼえておこう。区分の数に応じて特許庁の手数料は上がっていく。出願料も登録料も。弁理士費用が上がることもある。
だから、区分の数が増えすぎないように、商品やサービスを決めることが大事。闇雲に商標権の範囲を広げようとして、商品やサービスをたくさん指定してしまうと費用が2倍3倍と増えていくので要注意。
「それってパクリじゃないですか?」第4話から学ぶビジネスに活かしたいポイント
第4話から、ビジネスに活かしたいポイントをいくつか拾ってみました。
「月夜野ドリンク」と同じ製造業、ものづくりに関わっている人にとって知的財産は切っても切れない関係にあります。ぜひ、自分のビジネスのヒントとして、このドラマを活かして欲しいです。
今回、紹介するポイントは、
- 企業人としての責任
- SNS炎上
です。
企業人としての責任
結局、亜季は「ツキヨン」の商標を出願する決断ができませんでした。
出願のタイムリミットは深夜12時。時計を見ながら土器子を説得する亜季を見つめる、熊井部長(演:野間口徹)、北脇、又坂先生。僕も期限の大切さは嫌というほど思い知らされているのでね。見ていて胃が痛くなりましたよ。このシーンは(苦笑)
「みんなのもの」である「ツキヨン」を本当に出願し、独占してもよいのか。これは意見が分かれるところでしょう。それでも、亜季は出願しなきゃいけなかったと思いますね。
「ツキヨン」については親会社の「上毛高分子化学工業」も出願しようと目論んでいて、子会社の「月夜野ドリンク」にはを引けと迫っていました。それを北脇が商品・サービスの棲み分けを提案し、漸く出願の許しを得たものです。
自分の会社だけではなく、親会社も絡んでいる。しかも、ライバル会社の「ハッピースマイル」も「ツキヨン」の商標を狙っていて、この商標を持っていかれると会社にとっても大きなダメージになる可能性がある。そんな重大な出願を一従業員である亜季の個人的な思いで取りやめたらダメですよ。絶対に責任を負えないもの。
本当はどうあるべきか、自分がどうしたいか。それを考えるのは大事。そうは言っても企業の一員である以上、組織が決めたことは確実に遂行しなきゃいかんのですよ。
SNS炎上
「SNS炎上」は、不特定多数のユーザーからSNS上に、批判や誹謗中傷が殺到すること。
第5話では、亜季の逡巡により「月夜野ドリンク」が「ツキヨン」の出願を取りやめる一方、「ハッピースマイル」は出願を遂行し、商標登録において有利な立場となりました。
ところが、この「ハッピースマイル」の出願について、「みんなの公共物である『ツキヨン』を独占しようとするのはいかがなものか?!」という批判が殺到し、SNS炎上。結果として、「ハッピースマイル」は「ツキヨン」の出願を取り下げ、謝罪に追い込まれることとなりました。
亜季は「『ツキヨン』を出願するべきでない」という思いを果たし、「月夜野ドリンク」や親会社の「上毛高分子化学工業」もSNS炎上を免れた。ドラマでは、亜季ちゃんお手柄、めでたしめでたし、となっていましたが、本当にそうでしょうかね?
このSNS炎上。僕は商標登録の出願をする際の検討事項の一つにしています。最近、こういうのが多いですから。
第5話の「ツキヨン」事件も、コロナ禍の真っ只中、疫病退散のシンボルとして話題になっていた妖怪「アマビエ」を大手広告代理店「●通」が商標登録出願し、SNS炎上した事件を彷彿とさせます。ドラマの中だけではなく、現実の世界でも起こっているということです。
でも、その検討は事前にしておくべきもの。僕はこのドラマを見ながら、「ツキヨン」を出願することに誰も異を唱えない、出願を進める方向でどんどん話が進んでいくのに違和感がありましたがね…。
「月夜野ドリンク」の関係者が誰も「SNS炎上」を予測していないのであれば、当初の予定通り、「ツキヨン」を出願するべきでした。「ハッピースマイル」が炎上したのは結果論にすぎません。
僕のTwitterにも、
結果オーライな回でしたね
というコメントをいただきました。本当にそう。
僕も「これは炎上するかも…」という商標を相談されることがあります。その時は「SNS炎上」の可能性を示唆し、本当に出願するかどうか、依頼者に確認するようにしています。
本当に炎上するかどうかはわかりません。でも、その可能性があるなら事前に教えてあげて、依頼者に出願するか否かの判断を委ねるのが大事だと思っています。
「それってパクリじゃないですか?」第4話の感想
第4話では、北脇が弁理士・知財の道に進んだ理由が明らかになりました。
当初は研究・開発に邁進していた北脇。でも、ライバルの南(演:吉村界人)に研究の才能ではかなわなかった、だから知財部で南の研究をサポートしようと考えた、と語っていました。
僕も似たような思いはありましたよ。南のようなライバルがいたわけではありませんけど。研究者生活6年。大した研究成果は上がらなかった。好きで目指した研究の道だけど、自分には才能がないと思い知らされた。その時、「特許」の世界が目の前に飛び込んで来たんです。
まぁ、北脇みたいに「僕には弁理士としての才覚がある」なんて言うつもりはありませんがね(笑)
では、今日はこの辺で。
知的財産に関するお問い合わせ、ものづくりに関するご相談は、「クロスリンク特許事務所」まで。
この記事への感想をいただきました。ありがとうございます!
ヤマダさんの解説記事のブログを楽しみに拝読しています。
解説記事の中で「誰かにパクられないための保険とかじゃない。自分のブランドを自分が自由に使える立場を確保しておくため」とありました。この考え方の差で、大きく結果が変わってくるんだなぁと感じました。