開業医の先生から商標登録の相談を受ける度、考えさせられることがある。クリニックの名称は、なぜこれほどまでに「ありきたりな名前」ばかりなのか、と…。
よくありがちなのが、「南千住内科クリニック」のような「地名+診療科目+クリニック」のパターンだ。
「クリニックの評判はいい。患者数も増えてきた。そろそろ商標登録をして名前を真似されないようにしよう。」そう思って、弁理士に相談したとしても、このパターンのクリニック名は商標登録できないことが多い。
「そろそろ、別地域に2院目を…」と考えたときにも、問題にぶち当たる。
別地域に新しいクリニックを開こうとした場合、「南千住・・・」の名前は使いにくい。かといって、「上野・・・」のように別地域の名前を冠すれば、評判の良い「南千住・・・」と関連性のあるクリニックであるとは伝わらない。せっかくの評判を2院目に活かすことができず、ブランディングは一からやり直しだ。
クリニックは一度開いてしまうと、名前を変えることが難しい。だからこそ、クリニック開業時に将来的なことも考えて、ネーミングを設計することが大事。そこで、5年後・10年後の勝負が決まってしまうと言ってもいい。
今日はクリニックのネーミングの重要性とその設計について書いてみたい。
(※ アイキャッチ画像はAI(NotebookLM)で生成)
「地名+診療科目+クリニック」を登録しにくい理由

商標法には、「識別力」が弱い商標は登録しないという決まりがある。商標は「識別標識」といって、同種の商品やサービスがあった時に自社の商品と他社の商品とを区別するために付ける目印だ。だから、「識別力」は自社の商品と他社の商品とを区別する、商標の力のことだ、と言っていい。
「識別力」は識別標識である商標本来の機能を発揮させるための力。だから、識別力が乏しい商標を特許庁は商標登録してくれないことが多い。
識別力のない表示の典型例が、「地名」だ。
南千住にある内科のクリニック。ただサービスの中身を説明しているだけの表示なのに、誰かに商標登録されてしまうと、南千住の他の内科クリニックがその名前を使えなくなる。それでは、他の先生たちが困る。だから、そこはフリースペースにしておきましょう、誰でも使えるようにしておきましょう、というのが特許庁の考え方だ。
識別力に乏しい名称は地名だけではない。先生の「姓(ありふれた氏)」などもそうだ。
例えば、「先生の姓+診療科目+クリニック」(例:ヤマダ歯科クリニック)のような商標がこれに当たる。歯科医のヤマダ先生は山ほどいる。自分の名前を名乗っているだけなのに、「他の人が商標登録しているから使えません」と言われたら困ってしまう。だから、地名と同じように、この手の名前は登録してもらえないことが多いわけだ。
識別力に乏しい言葉は地名や先生の姓以外にもある。
特許庁HPに「出願しても登録にならない商標」の「1.自己と他人の商品・役務を区別することができないもの(商標法第3条)」の項で詳しく説明されているから、興味がある方はそちらで確認して欲しい。
商標登録をできないと、その名前を自分一人が独占して使うことができない。だから、紛らわしい名前のクリニックが登場するおそれがある。
私の知り合いの先生は、「地名+診療科目+クリニック」という名称を使っていた。人気のクリニックだ。そうすると、その人気に便乗しようとして、「地名『駅前』+診療科目+クリニック」という紛らわしい名称の別クリニックが現れた。
こういう紛らわしい名称のクリニックが登場すると、
- 本来、自分のクリニックに来るはずだった患者がその別のクリニックに流れてしまう(売上の減少)。
- 別のクリニックの方に誤って予約しているのに、「私はここに予約している」などと言い出す患者が現れる(トラブルの増加)。
- その別のクリニックの評判が悪かった場合、とばっちりを受けて自分のクリニックの評判が下がる(ブランド毀損)。
いいことないのだ。
識別力が弱い名前は「登録しにくい」だけではなく、ブランディングも難しくなる

識別力が弱いクリニック名を使うことの問題は商標登録できないことだけではない。将来のブランディングがうまくいかなくなるおそれがある。
最初のクリニックがうまくいって、「別の地域に分院を出そう」「クリニックをグループ化しよう」という時に問題が起こることが多い。
「南千住内科クリニック」の評判は上々。ならば、南千住より大きな街・上野に新しいクリニックを開こう。でも、上野で「南千住・・・」の名前は使いにくい。では、「上野内科クリニック」にすればいいか?それだと、名前を見ただけでは、評判の良い「南千住内科クリニック」との関係性がよくわからない。
せっかく、「南千住内科クリニック」の名前の上に患者からの信用を積み重ねてきたのに、それを2院目に活かすことができない。ブランディングは一からやり直しだ。
クリニックは一度開いてしまうと、名前を変えることが難しい。だからこそ、クリニック開業時に将来的なことも考えて、ネーミングを設計することが大事。そこで、5年後・10年後の勝負が決まってしまうと言ってもいい。
クリニック名が「後々、育てられる資産になっているか?」という視点が必要だ。
地名に縛られないクリニック名を手に入れた先生の話

ここで一つ、事例を紹介したい。具体的な名前は出せないので、そこはご了承いただきたい。
この先生は、最初「銀座トラストクリニック」(仮)の名前で開業し、その商標登録にも成功した。「トラスト」は「信頼」。地名でも人名でもない、医療に直接関係する用語でもない。既存語・従来語ではあるけれど、医療業界においては説明的でない、識別力のあるワードだ(以下、「独自ワード」と記す)。
これは、「地名+『独自ワード』+クリニック」という形の名前だ。独自ワードに識別力があるから、たとえ地名が含まれている名前であっても商標登録は可能だ。
この先生、「銀座トラストクリニック」の商標登録に成功した後、思うところがあったのだろう。地名を外した「トラストクリニック」(仮)、さらには「トラストクリニックグループ」(仮)について商標登録を出願し、これら2つの商標についても無事、登録に成功した。
先生は商標登録やブランディングの専門家ではない。感覚的に、センスでやったのだろうと思う。でも、これは実にうまいやり方だ。特に、地名を外した「トラストクリニック」を押さえにいった一手が効いている。
先生は、これで地名の「銀座」に縛られない、独自ワードのブランド名を手に入れることができた。この後、別の地域に「地名+トラストクリニック」の別院を2院開業し、いずれもその名称の商標登録に成功している。
このやり方であれば、統一されたブランドの下、全国各地に分院を出していくことも可能だ。商標登録も、大本の「トラストクリニック」を押さえているから、他の誰かに商標登録されてしまう危険性も低い。
将来的にブランドを育てていく方法としては絶妙なやり方だ。
自分のクリニックの独自ワードを作れ。それをブランド化しろ!

正直に言うと、この先生は一院目を出すとき、ここまで設計していたわけではないと思う。最初は、最初のクリニックを開業することで頭がいっぱいだったはずだ。
それでも、後からリカバリーできたのは、クリニック名に「トラスト」という独自ワードが入っていたからだ。
「南千住内科クリニック」から、地名の「南千住」を外せば、残るのは「内科クリニック」だけ。これはただの説明だ。この言葉に識別力はない。誰のクリニックかわからない。でも、「銀座トラストクリニック」から「銀座」を外しても、「トラストクリニック」が残る。識別力のある「ブランドの核」がちゃんと残るんだ。
この先生は、地名を入れたクリニック名を先に登録し、後から地名を外す方法でうまくいった。
でも、もっとうまいやり方をするなら、「独自ワード」を先に考えて、それを商標登録で押さえてしまうことだ。先に、大きなブランドである「トラストクリニック」を押さえてしまう。そうすれば、「地名+トラストクリニック」の商標登録はかなり楽になる。
だから、クリニック名は最初にきちんと設計した方がいい

今日、クリニックを開業する先生方にいちばん言いたいのは、クリニックの名称はよくよく考えて欲しい、ということ。安易なネーミングで開業しないで欲しい、ということ。
自分のサービスを掘り下げる。患者さんに何を提供したいのか、クリニックの理念…そういうものから、ブランドの核となる独自ワードを考えることだ。それがなければ、将来的なクリニックブランドの発展は難しくなる。事業を大きくしていこうというときの障害になる。
私はいつも言っている。「商標登録するなら、まずはネーミングから」。クリニックの先生方にも、この言葉を届けたい。
おわりに

あの先生は、運良くリカバリーできた。これから開業する先生は、最初から設計することができる。
地名を外しても識別力を発揮する独自ワード。これは緻密な設計からできあがる。
クリニックを開業する前、あるいは「そろそろ広げたい」と思い始めたそのタイミングで、名前のことを一度考えてみてほしい。その時、この記事のことを思い出し、私に相談してもらえたら嬉しいと思っている。
ネーミング・ブランディング・商標登録の相談はクロスリンク特許事務所へ。
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