商品名やサービス名、お店の名前や会社の名前。これらを商標登録しようとする人を悩ませるのが「識別力」です。識別力のない商標は登録を認められず、商標権を取ることができないからです。この記事では、「おいしい牛乳」を例に商標の識別力について説明します。
最近、商品名やサービス名、お店の名前や会社の名前を
商標登録したい!
というご要望・ご相談が増えています。その理由の一つとして、商標のパクリ問題がニュースで頻繁に報道されることが挙げられます。例えば、日ハム・新庄監督の「BIGBOSS」事件やゆっくり茶番劇騒動などはニュースで盛んに報道されました。
自分の会社や商品の名前がパクられたらマズいことになる!
そんな危機感が世の経営者を商標登録へと向かわせているのだと思います。
ただ、商標は申請(出願)をすれば全て商標登録されるわけではありません。特許庁の審査官による審査で商標登録を拒絶され、商標権を取れないケースもあります。商標登録には条件があるということです。
商標登録の条件(拒絶理由)
商標登録は商標法という法律によって認められているものです。だから、商標法の目的に反するような商標は登録しないわけです。商標法の目的は商標法の第1条に書いてあります。
この法律は、商標を保護することにより、商標の使用をする者の業務上の信用の維持を図り、もつて産業の発達に寄与し、あわせて需要者の利益を保護することを目的とする。
商標法第1条|e-GOV法令検索
商標法では、「商標を保護することにより」とあるように、商標を保護する(商標登録する)ことはあくまで手段だと言っています。
商標法の目的は、
- 商標を使っている人の業務上の信用の維持
- 日本の国の産業の発達
- 商品やサービスを買う人の利益の保護
なのです。特に三番目の項目、商品やサービスを買う人たちの利益も考えているという点が大事です。商標法は商品やサービスを売る人たちを守ることだけが目的の法律ではないのです。
商標登録の条件はいくつかあります。商標登録の出願(申請)の拒絶理由に該当しないことが条件です。拒絶理由は商標法第15条に定められています。
商標法第15条(拒絶の査定)|e-GOV法令検索
特許庁のサイトでも拒絶理由について簡単に解説していますので、参考にしてください。
拒絶理由の解説|特許庁
商標の識別力
商標の識別力とは、商標が自分の商品・サービスと他人の商品・サービスとを区別して認識(識別)させる力です。
例えば、ある商標(商品名や会社名など)を商品に表示したときに、見た人がその商品を自分の商品であること、他の会社の商品ではないことを認識してくれれば、その商標は識別力のある商標ということになります。
「商標」は商売のために使う標識です。自分の商品・サービスと、他人の商品・サービスとを見分けるための目印・シンボルと言えます。だから、識別力のない商標は商標の本質的な機能を持っていないことになり、商標として機能しないんですよ。このため、識別力のない商標は商標登録しないことになっているんです。
具体例で説明すると、例えば、私が「山田弁理士事務所」という商標を登録しようとして商標登録の出願(申請)をしたとします。でも、この商標は識別力がないという理由で特許庁の審査で拒絶され、商標登録を受けることができません。
- 「山田」はありふれた氏(姓)である
- 「弁理士事務所」は弁理士の業務内容を表しているにすぎない
- 「山田弁理士」は日本国内に多数実在する
このように、「山田弁理士事務所」は自分の業務内容をただ説明したにすぎず、「山田弁理士事務所」という名前だけを見ても、日本国内に多数存在する、どの山田弁理士の事務所か区別がつきません。こんな商標としての本質的な機能を果たしていないような商標は登録する意味ないよね、ということです。
「おいしい牛乳」が商標登録されない理由
「おいしい牛乳」という商標は識別力がないという理由で商標登録されないと考えられます。
- 「おいしい」は、牛乳が良い牛乳であることを普通に説明しているだけ
- 「牛乳」は、商品の種類を示しているだけ
- これは普通の商品説明にすぎず、「おいしい牛乳」と表示してもどこの会社の商品かを区別することができない
ということです。だから、特許庁の審査で拒絶されて、商標登録されないんです。
どこの会社だって、おいしい牛乳を作ろうとしているわけですよ。だから商品説明として書きたいケースはある。そんな商品説明にすぎないような表示に商標権を与えて、どこかの会社に独り占めさせてしまったら他の会社も困るんですよ。
要は「おいしい牛乳」は誰か一人、一つの会社に独占させるにはなじまない表示なんです。これを法律的には、「独占適応性がない」なんて言ったりします。識別力と独占適応性は一緒に語られることが多いです。オモテウラの関係ですね。
商標法では、識別力のない商標を例を挙げて説明しています。例えば、
その商品の産地、販売地、品質、原材料、効能・・・を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標
商標法第3条第1項第3号|e-GOV法令検索
などですね。「おいしい」は牛乳という商品の品質にあたると判断されて、この規定に引っかかってしまうわけです。
明治と森永が「おいしい牛乳」を商標登録できた理由
結論から言ってしまうと、「明治 おいしい牛乳」、「森永のおいしい牛乳」として商標登録されています。
「おいしい牛乳」には識別力がないけれど、「明治」や「森永」が入っていることで、どこの会社の商品かわかる、識別力はある、ということです。明治も森永も「おいしい牛乳」を単独で商標登録しているわけではないんです。
ここまでの話を聞いて、
あれ?「おいしい牛乳」って、明治が商標登録していなかったっけ?
と思った方もいらっしゃると思います。なかなかスルドイ。
では、明治の商標登録の内容を確認してみましょう。明治の「おいしい牛乳」に関する商標登録はいくつかありますが、代表的なものはこれです。
「明治 おいしい牛乳」として商標登録されています。これを一体的に表示することに商標権が与えられています。「おいしい牛乳」だけに商標権が与えられているわけではないんです。だから、他の会社が「おいしい牛乳」という表示を使っても、明治の商標権の侵害にはなりません。
その証拠と言ってはなんですが、こんな商標も登録されています。
「森永のおいしい牛乳」。特許庁は、
- 「森永」が入っているから、この商標には識別力がある
- 「明治 おいしい牛乳」とは区別できるし、買う人が間違えることはない(商標同士は似ていない)
と考えて、この2つの商標をどちらも登録したということになります。
「おいしい牛乳」についてのまとめ
「おいしい牛乳」についてポイントをまとめてみると、以下のとおりです。
- 「おいしい牛乳」には商標としての本質的な機能である識別力がない(or あったとしても弱い)
- 「おいしい牛乳」には識別力がないから、商標登録されない
- 明治や森永は「明治 おいしい牛乳」、「森永のおいしい牛乳」という表示にすることで識別力を確保し、商標登録に成功している
商標の相談を受けていると、識別力のない商標について商標登録を希望する人が非常に多いです。
この商品名には識別力があるだろうか?
そういう視点をもって商標登録やネーミングを考えてみてください。
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