クロスリンク特許事務所(銀座・東銀座・新橋)・弁理士のヤマダ(@sweetsbenrishi)です。
京都の食品会社「エーゲル」が、「アサヒ飲料」を商標権侵害で訴えました。問題となっているのは、コーヒーにお茶を加えた飲料「TeaCoffee」に関する商標です。「アサヒ飲料」は「エーゲル」のロゴマークの商標権を侵害していることになるんでしょうか?
エーゲル vs アサヒ飲料 訴訟の経緯
この裁判の訴状はまだ公開されていないので、エーゲルが実際にどんな主張をしているかはわかりません。
新聞報道(*1)から推測される内容をざっくりまとめてみると、以下の通りです。
- エーゲルはアサヒ飲料を商標権侵害で大阪地裁に提訴した。
- エーゲルはアサヒ飲料に対し、損害賠償金3300万円の支払いを求めている。
- エーゲルはアサヒ飲料が使用している「ワンダ TEA COFEE」の表示が、自社の登録商標「Tea Coffee」に類似し、商標権を侵害していると主張している。
因みに、両社の動きを時系列で整理すると、以下の通りです。
2016年6月 エーゲルがコーヒーに宇治抹茶を加えた「TeaCoffee」の販売を開始。2017年7月 エーゲルが「TeaCoffee」を商標登録。
2018年4月 アサヒ飲料が「ワンダ TEA COFFEE」の販売を開始。
エーゲル vs アサヒ飲料に関する世間の評判
この裁判において、エーゲルは、
「消費者から『アサヒ飲料のまねをしている』と誤解される。大企業が弱者のブランドを踏みにじっている」
と主張しています(*2)。
世間の評判も、概ねエーゲルに同情的です(*3)。
「すでに商標登録してあるのだったら、調べなかったアサヒが悪い。商標登録制度を何だと思っているのだ。」
「アサヒビール系列の尊大な思想が久しぶりに表に出た。」
「これはダメだと思うよ。大手の傲慢。」
世間はアサヒ飲料に対して厳しい目を向けているようです。
しかし、この問題、さほど単純なものではありません。
エーゲルの登録商標は図形商標。文字商標については登録を受けていない
こういう問題で大事なのは法律的な根拠です。
エーゲルはアサヒ飲料が自分の商標権を侵害したと主張していますから、その根拠となる商標権があるわけです。まずはその内容を正確に把握する必要があります。
エーゲルが保有している「TeaCoffee」に関する登録商標は以下に示すものです(*4)。
※ 商標登録5963992(画像は、J-Platpatより引用)
この商標は、マークと文字が結合された図形商標です。
エーゲルはこの商標の他にも、「TEA × COFFEE」という文字商標を出願しています(*5)。
また、「TeaCoffee」のデザイン文字(上記の図形商標からマーク部分を外したもの)に関する図形商標を出願しています(*6)。
しかし、これらについては、審査待ちの状態で未だ商標登録はされていません。
即ち、エーゲルが「TeaCoffee」に関して保有している登録商標は上記の図形商標だけであり、マークが入っていない文字だけの商標については登録を受けていないのです。
文字商標と図形商標の違い
文字商標と図形商標の違いは、商標に図形的な要素を含んでいるか否かという点です。
文字商標は文字だけから成り立っているのに対し、図形商標には図形的要素が含まれています。
図形的要素としては、図形(マーク)の他、デザイン化された文字(ロゴタイプ)等が挙げられます。
図形商標としては、図形(マーク)だけの商標、デザイン化された文字(ロゴタイプ)だけの商標、文字と図形が結合された商標(ロゴマーク等)があります。
文字商標で商標登録を受けた場合、その文字と似た文字を使った場合に商標権侵害が成立します。
これに対し、ロゴマークのように文字を含む図形商標について商標登録を受けた場合には、その文字と似た文字を使っても、直ちに商標権侵害が成立するわけではありません。図形部分も含めた商標全体として似ているかどうかが問題となるのです。
今回の裁判の場合、アサヒ飲料が使っている商標が、エーゲルの登録商標(即ち、左側のマークと「TeaCoffee」のデザイン文字を合わせたもの)と似ているかどうかが問題となります。2つの商標が似ていると判断されれば、アサヒ飲料はエーゲルの商標権を侵害したことになるわけです。
アサヒ飲料が使っている商標は、以下のような商標です。
※ 商願2017-160294(画像は、J-Platpatより引用)
(注)アサヒ飲料はこの商標を既に出願していますが、審査待ちの状態で未だ商標登録はされていません。従って、アサヒ飲料はこの商標に関し、商標権を持っているわけではありません。
エーゲルの商標と比べてみると、「TEA COFFEE」の文字を含んでいるという点は共通しますが、マークの部分の印象はかなり異なります。
エーゲルの登録商標は文字の部分に識別力がない
「いやいやいや。『TEA COFFEE』の文字が同じでしょ! 文字の部分が似てるんだから商標全体として見ても似てるんじゃないの? 侵害になるんじゃないの?」と思った方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、残念ながらそういう判断にはならないでしょう。エーゲルの登録商標においては、「TeaCofee」の文字よりも、図形部分の重要性が高いからです。
商標は、自分の商品と他人の商品を区別(識別)するための標識としての役割を果たすものです。この役割を「識別力」と言います。識別力がない商標は、商標本来の役割を果たさないので商標登録を受けることができません。
例えば、商標法では、
その商品の…原材料、…を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標
については、商標登録を受けることができない、と規定しています(商標法第3条第1項第3号)。
エーゲルの登録商標のうち、「TeaCoffee」の文字部分は、商品そのものである「Cofffee」に、その原材料である「Tea」を付けただけなので識別力がありません。そもそも商標登録を受けられない文字なのです。
それでも、エーゲルの商標が登録されたのは、図形(マーク)の部分に特徴があって、そこに識別力があると判断されたからです。即ち、エーゲルの登録商標のうち、商標として実質的に機能しているのは図形の部分だけです。だから、商標権侵害かどうかを判断するときに図形の部分が似ているかどうかを重視するというのは当然のことなのです。
このような基準で考えれば、アサヒ飲料が使っている商標は、エーゲルの登録商標と似ていない、アサヒ飲料はエーゲルの商標権を侵害していないと判断されても致し方ないと思いませんか?
実際、アサヒ飲料は、答弁書で
「商品の原材料を示す表示にすぎず、商標権は侵害していない」
と反論しています。
ヤマダは、アサヒ飲料さんの主張の方が的を射ていると感じています。
まとめ
文字商標と図形商標の違い、図形商標の中の文字の取扱い、おわかりになりましたでしょうか?
今回のケースでは文字部分が識別力がなかったので、図形部分を重視するだろうという予測をしましたが、文字部分に識別力があれば、また判断は変わってきます。
商標の似ている似ていない(類否判断)の判断は非常に難しいです。弁理士の間でも意見が割れたりしますからね。判断には高度な専門性が要求されるんです。
一般の方にはなかなか判断が難しいので、ネット上の素人さんのコメント等に振り回されないようにしてくださいね。
参考サイト
(*1)「ティーコーヒー」巡り提訴 京都の会社、アサヒ飲料を |日本経済新聞
(*2)「TEA COFFEEは商標権侵害」と提訴|YOMIURI ONLINE
(*3)エーゲル アサヒ飲料提訴の真相がこちら!「アサヒが悪い」「大して美味しくなかった」の声も|最新ニュース!芸能エンタメまとめサイト
(*4)商標登録5963932|特許情報プラットフォーム(J-Platpat)
(*5)商願2018-054350|特許情報プラットフォーム(J-Platpat)
(*6)商願2018-054351|特許情報プラットフォーム(J-Platpat)
(*7)商願2017-160294|特許情報プラットフォーム(J-Platpat)
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