今回は、象印マホービンが漆業界からの反発によって商標「黒漆」の商標権を手放すことになってしまった事件を題材に、商品名を商標登録する際の注意点について考えてみます。
【1】象印が「黒漆」の商標権を手放すことになったワケ
象印マホービン(以下、象印)は、何故「黒漆」の商標権を手放すことになってしまったのでしょうか。
まずはこの事件の経緯を追ってみましょう。
①「黒漆」の商標権の内容
象印マホービン(以下、象印)は、商標「黒漆」について商標権を取得しました(商標登録6194323
号)。
象印は、商標「黒漆」を使いたい商品として、以下の商品を指定していました。
● 第21類 鍋類,コーヒー沸かし(電気式のものを除く。),やかん,タンブラー,弁当箱,保温機能付き弁当箱,アイスボックス,米びつ,水筒,魔法瓶,保温容器,アイスペール,しゃもじ,手動式のコーヒー豆ひき器,へら(台所用具),はし,はし箱,焼き網,米研ぎ器
これらの商品の中には、漆を塗る可能性がある商品(例えば、弁当箱、はし、はし箱等)も含まれていることがわかります。
②漆業界からの反発
象印に「黒漆」の商標権を取られて不安を感じたのは、昔から「漆」を取り扱ってきた漆業界の人達です。
「黒漆」は、鉄分によって黒く変色させた漆を意味し、漆業界では普通に用いられている素材だからです。
漆業界に身を置く松沢さんはこんなことをコメントしています。
象印マホービンが「黒漆」を商標登録(2019.11.1)
特に第21類には弁当箱など漆塗装の品も入っているので、もしどこかの漆器店が「黒漆」という弁当箱や箸を販売しようとしたら象印の許可なしには使えないことになってしまいます。 pic.twitter.com/hUDTtxC9U8
— 松沢卓生 漆 (@japanjoboji) December 25, 2019
第21類には弁当箱など漆塗装の品も入っているので、もしどこかの漆器店が「黒漆」という弁当箱や箸を販売しようとしたら象印の許可なしには使えないことになってしまいます。
③象印の対応
危機感を抱いた松沢さんは、象印に対し、この商標登録の真意を正したようです。
その結果、象印は「黒漆」の商標権を手放す(放棄する)意志を表明したのです。
象印マホービンから返答をいただきました。
この度は「黒漆」の商標登録の件につきまして、漆器業界関係者の皆様には、たいへんご不快の念を与えてしまいましたこと、深くお詫び申し上げます。
ご指摘を受け、弊社といたしましては今回の「黒漆」登録商標の権利を放棄することといたしました。— 松沢卓生 漆 (@japanjoboji) December 26, 2019
この度は「黒漆」の商標登録の件につきまして、漆器業界関係者の皆様には、たいへんご不快の念を与えてしまいましたこと、深くお詫び申し上げます。
ご指摘を受け、弊社といたしましては今回の「黒漆」登録商標の権利を放棄することといたしました。
【2】象印の商標「黒漆」はどこに問題があったのか
象印は、折角お金をかけて取得した「黒漆」の商標権を手放すことになりそうです。
今回の騒動で会社の評判にも悪影響が出るかもしれません。
では、象印の商標「黒漆」はどこに問題があったのか考えてみましょう。
私は「黒漆」というネーミングと、商標「黒漆」を使う商品に問題があったと考えています。
①「黒漆」は商品の説明にすぎない(識別力がない)
「黒漆」という文字は、使う商品によってはただの商品説明にすぎないという問題があります。
商品の説明にすぎない文字は商標登録を受けることができないルールになっているからです。
商標は単なる文字ではありません。
自分の商品と他人の商品を区別するための標識(目印)です。
ある文字(商標)を商品に表示した。
でも、その文字は他の人の商品と区別する目印として機能していない(識別力がない)。
こういう文字は商標として機能しないから、商標登録を受けることができないんです。
商標法には識別力がない商標として、こんな商標が例示されています。
今回の「黒漆」の例に当てはめてみると、「弁当箱、はし、はし箱」等の商品に「黒漆」と表示されていれば、普通なら「この商品には黒漆を塗ってあるんだな」と理解しますよね。
そうすると、少なくとも「弁当箱、はし、はし箱」のような漆を塗る可能性がある商品については、「黒漆」という文字は商品内容の説明にすぎないのだということです。
黒漆は黒漆を塗られた弁当箱等の原材料に当たりますからね。
②「黒漆」は商品の品質を誤解させるおそれがある(品質誤認)
「黒漆」という文字は、商品の品質を誤解させるおそれがあるという問題があります。
商品の品質を誤解させるおそれがある文字も商標登録を受けることができないルールになっているからです。
商品名(文字)を信じてその商品を買ったのに、中身はその商品名からイメージされる商品とは違う内容の商品だった。
そんなことでは困りますよね。
商品名を頼りに商品を買おうとする人を騙しているのと同じです。
こういう文字は商標の品質を誤解させる(品質誤認を招く)商標ですから、商標登録を受けることができないんです。
商標法には品質誤認を招く商標について、こんな風に記載されています。
今回の「黒漆」の例に当てはめてみると、「弁当箱、はし、はし箱」等の商品に、実際には黒漆が塗られていないにも関わらず、「黒漆」と表示されていたらどうでしょうか?
その表示を見た人は「この商品には黒漆を塗ってあるんだな」と誤解してその商品を買ってしまいますよね。
そうすると、少なくとも「弁当箱、はし、はし箱」のような漆を塗る可能性がある商品に関して言えば、「黒漆」という文字は商品の品質を誤解させる文字だと言えるわけです。
ということで、「弁当箱、はし、はし箱」等の漆を塗る可能性がある商品に限って考えてみると、「黒漆」という文字は、商品に実際に黒漆を塗っている場合には商品内容の説明にすぎないし、商品に黒漆を塗っていない場合は商品の品質誤認を招くおそれがあります。
ですので、私は、
③「黒漆」は他人の権利を害しているかのような誤解を生む
「黒漆」という文字は、他人の権利を害しているかのような誤解を生むという問題があります。
仮に法律上、商標登録を認められたとしても、他人の権利を害しているかのような誤解を生めば、ネットで炎上したり、共感を得られずブランド化が難しくなってしまいます。
今回の「黒漆」の例に当てはめてみると、漆業界の人たちは自分たちがずっと普通に使っていた「黒漆」という材料名を奪い取られたかのように感じ、愉快ではなかったでしょう。
実際問題としては、仮に象印の「黒漆」が商標登録されていても、漆業界の人達が黒漆を塗った弁当箱や箸に「黒漆」という表示をする際に、象印の許可を得る必要はありません。
商標法には、商標権の効力が及ばない商標として、以下の商標が規定されているからです。
当該指定商品・・・の・・・原材料・・・を普通に用いられる方法で表示する商標(商標法第26条第1項第2号)
ザックリ説明すると、漆業者の人が黒漆を塗った弁当箱にその原材料である「黒漆」という文字を普通に表示するだけなら、その弁当箱に象印の商標権の効力は及ばない(商標権侵害にはならない)ということです。
ただ、これは法律上の問題です。
感情の問題は別。
漆業界の中でこの規定を知っている人は少ないでしょうから、「黒漆」について商標権を取られたと聞けば、自分たちは自由に使えなくなるのではないかと不安になるでしょうね。
象印に対する不信感も芽生えるでしょう。
そこに端を発してネット上で炎上騒ぎが起きれば、ブランドイメージはガタ落ちになってしまいます。
象印は、商標「黒漆」を登録した時に、漆業界の人達にどういう影響が及ぶのかについて配慮が欠けていたとも言えそうです。
商標登録の出願書類を作る際に、商標「黒漆」を使用する商品の中から、漆業界の人達に影響を及ぼす可能性がある「弁当箱、はし、はし箱」を除いていれば…。
折角取得した商標権を放棄しなくても済んだかもしれません。
【3】商品名を商標登録する際の注意点
今回の象印「黒漆」事件を頭に入れながら、商品名を商標登録する際の注意点をまとめてみます。
(例:「たらの子こうじ漬」、「トルマリンソープ」、「平和台饅頭」等)。商品の内容をそのまま言葉で表すのではなく、言葉に1つ2つひねりを加えてみましょう。
オリジナリティのある言葉を加えてみるのも良いと思います。
商品「時計」について、「SWISSTEX」のような商品名を付けると、「スイス製の時計であるかのような誤解を生ずるおそれがある」という理由で商標登録を認められません。
この場合、商品を「スイス製の時計」に限定すれば、品質誤認は生じないので商標登録を認められます。
商品「サプリメント」について、「酵母のちから」のような商品名を付けると、「酵母を含んでいるサプリメントであるかのような誤解を生ずるおそれがある」という理由で商標登録を認められません。
この場合、商品を「酵母成分を含有するサプリメント」に限定すれば、品質誤認は生じないので商標登録を認められます。
以前、キム・カーダシアンが補正下着のブランド名を「KIMONO」と名付け、炎上したことがありました。
商標権は独占権という強力な権利です。
その商品名を商標登録することで、世間の人達がどんな反応をするか、関連する業界の人達にどんな影響が及ぶのかについては一度考えてみた方がよいでしょう。
まとめ
今回は、象印の「黒漆」事件を題材に商品名を商標登録する際の注意点について解説しました。
結構、安直に商品名を決めている人も多いんですよね。
その商品名が商標登録のための条件を満たしているのか、社会的に受け入れられ、共感が生まれ、大きなブランドに育っていくようなものなのかは、ネーミングの段階から考えておくことをオススメします。
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